ZENPEっ子の子育てQ&A。先輩ママパパの体験記!CASE.2-M.Wさんの場合-
ENPEっ子の子育てQ&A。先輩ママパパの体験記!CASE.2-M.Wさんの場合-
子育てには、これが「正解」「間違い」という決まった形はありません。だからこそ、それぞれの家庭で子どもと向き合いながら試行錯誤し、自分たちらしい道を見つけていく過程があります。この記事も、そんな一つの例としてお読みいただければ幸いです。同じような状況にあるご家族にとって、ヒントになる部分があれば嬉しいです。
※医師監修ではなく、あくまでも個人の経験談としてお捉えください。
プロフィール
人物

M.Wさん
症状
- 10代の娘さんが前庭水管拡大症
- ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
- 聾学校の幼稚部、小学部を経て
- 春から聾学校の中学部へ進学予定
インタビュー
1.ZENPEっ子へのサポート術
お子さんが前庭水管拡大症と診断されたとき、どんなお気持ちでしたか?その気持ちは時間を経てどう変化していきましたか?
産院の新生児聴覚スクリーニングで両耳リファーだった出産3日後から、
受容感覚を広げていきました。
生後3ヶ月〜2歳まで定期的にABR検査(眠り薬を飲んで脳波測定)を受けていたので、
前庭水管拡大症の可能性について早い段階で主治医から聞いていました。
2歳半の時にしたCTで前庭水管拡大症が確定し、やっとすっきりしました。
原因は判ったので、あとは現実的な対策を取れば良いと思い安堵しました。
そのあと、4歳の時になった急性症状を機に受けた血液検査結果で完全証明でした。
ペンドレッド症候群の可能性についても改めて説明を受けました。
遺伝子の確率が原因なので最初から人知は及びません。
聴力は上がらないとはっきり言われたので、今後の手立てに集中できて良いと思いました。
10代から“命は授かりもの” “出産はあらゆる可能性を引き受けるもの”と認識していたので、
「自分には難聴ケースが巡ってきたのだ。」と、心の最深部では最初から納得していた気がします。
そうは言っても、診断確定直後に娘に初めて急性症状(発作)が出た時は、激しく動揺しました。
めまいでふらつく娘の急激な聴力低下と体調不良を目の当たりにし、
「これをいつ何時も繰り返すのだ。そしてある日急に持ち前の聞こえを失くすのだ。」
という事実の重みに、身体ごと、どっぷりと浸かりました。
近い将来、本人がどれだけの喪失感を味わうかと想像すると、鉛(なまり)を飲んだ気分でした。
この時改めて、“障がい(と、されていること)とは?”を自分の内に問い立て、
考えを深めたことが、大きな曲がり角となりました。
ろう難聴の先輩ロールモデルや、難聴児の保護者向け講座(ろう学校の乳幼児相談室など)が本当にありがたかったです。
そして前庭水管拡大症の大学生から
「10代で大幅に聴力が低下した時、周囲のろう難聴の友達の支えで気持ちを立て直すことができた。」と聞いた時に、
その鉛が溶け始めたと思いました。
周囲の支えで回復できていることは、私も同じだと実感したのです。
誰しも、できていたことを少しずつ手放し失い、老いて最終到着地の世界に向かいます。
突然かもしれません。みんな同じです。
そのことの入口にようやく、頭と心身の三つで辿り着けました。
お子さんの聴力や発作の状態が、幼少期から現在までにどのように変化してきたかを教えてください。
両耳50dB程
⇒
4歳の急性症状で左耳95dB、右耳75dBに。
⇒
8歳の急性症状で初入院。ステロイド点滴が効いて4歳以来の値に戻り、今に至ります。
(※点滴、服用とも毎回効くとは限りません)
日常生活で、お子さんが困っていると感じた場面はありますか?
騒がしい場所、複数名での会話は聞き取れません。
健聴者は難なく、多数の音が入り乱れる環境で聞きたい音にフォーカスして聞き分けますが、それができません。
不便や危険は常に在って、そこからいつもスタートを切っていると感じます。
ただ、私の出会ったろう者が「困ることはない。嫌な思いをすることはたくさんある。」と仰っていました。
とても示唆に富む言葉で、以来忘れられません。
家庭で取り入れた工夫や習慣があれば教えてくだい
日本語対応手話、音声、筆談、(今後は音声字幕アプリも)と、
複数のコミュニケーション手段を身に着けられるように生活してきました。
我が家では夫と私が手話講座に通う選択をし、日本語対応手話を習得しました。
工夫としては2歳の時から、お出かけに行く内容と時間を事前に伝えたくて、
行き先写真集を作ってポケットアルバムにしていました。(〇〇こうえん ◎◎びょういん など平仮名付き)
時間はアナログ時計を2つ使って説明して、効果がありました。
【やり方】
1つ目の時計で現在時間を見せる。2つ目の時計(小型が便利)の針を娘の目の前で進ませ、そのまま電池を抜いて置く。出発時間になったら、1つ目の時計に2つ目の時計を並べて見せ、「出発時間だ、行こう!」と、繰り返す。
お子さんが学校で困ったことがあったとき、どう対応しましたか?
ろう学校を選択したので、学校では困ったことはありません。
保育園の時は保育士・園長・巡回心理士らの先生方と密に連携しました。
(連絡帳の活用、送迎時のヒアリング・意見交換など)
進学先はどのような視点で決めましたか?
両耳50dBの時は地域小学校か迷いました。
が、4歳の聴力低下期にろう学校幼稚部と家庭での娘の生活に全く支障が出ていないことに気づき、
ろう学校を選びました。
学校で定期的に聴力検査をしてもらえ、先生や専門家にすぐ相談できる環境も魅力でした。
聴力が不安定だからこそ、安心して自己肯定感を育める環境で人生の土台を作ってほしいと思いました。
学校に何かサポートをお願いしましたか?また、「こうして良かった」と思うアドバイスがあれば教えてください。
ろう学校にはありませんが、副籍交流先の地域小学校には、
座席や補聴援助システムマイクの使用、視覚からの情報保障などをお願いしてきました。
医療面で「これを知っておけば良かった」と思うことがあれば教えてください。
疲労の蓄積、頭部腹部損傷(衝撃)、ジェットコースターの時の内臓が浮くような浮遊感が
発作の起きやすいきっかけと、予め主治医から聞いており用心してきました。
これに加え、強い陽射しも要因になり得ると、早く知っておけば良かったです。
また技術面ですが、補聴器は搭載性能によって聞こえ方のレベルアップが望めます。
これは早く試せば良かったです。
障がい者手帳による補装具支給金額を算出し家計に響かない品番をずっと選んでいましたが、
思い切ってその範囲外から選んだ時、私と娘は違いに衝撃を受けました。
個人差はありますが、購入は別として、各メーカーへ補聴器店から問い合わせてもらって、
高性能品を試聴することは視野が広がるかと思います。