‐前編‐前庭水管拡大症当事者・耳鼻科医、デフリンピアン【吉田翔】の場合 難聴と向き合い、医師として歩む

ZENPE Peopleスペシャルインタビュー

前庭水管拡大症やペンドレッド症候群を抱える方、
ご家族に贈る新シリーズがスタート!
毎回、当事者の心揺さぶるインタビューを通じて、
当疾患と共に生きるリアルな日々を届けます。
撮りおろしの写真で、その人らしい輝きや想いに触れ
同じ悩みや不安を抱えるあなたに、
未来へのヒントを届けられたら嬉しいです。

プロフィール

人物

吉田翔さん

  • 1984年6月生まれ
  • 現年齢 41歳

症状

  • 前庭水管拡大症
  • 左耳:補聴器 右耳:人工内耳

  • 耳鼻咽喉科専門医

履歴

  • 聾学校幼稚部(年中のみ)
  • その後地域の幼稚園に通園
  • 小・中・高 普通級
  • 医大卒

聴力

難聴発覚時(3歳)

両耳:100dB以上

現在

両耳:100dB以上(左耳の方で低音域が少し残っている程度)

Index

目次

EP.1

偶然の発見から始まった、難聴との歩み

EP.2

母の工夫とロウソクの思い出

EP.3

話せる喜び

EP.4

デフバレーとの出会いとアイデンティティ

EP.5

インクルーシブ教育から社会人としての責任

前庭水管拡大症当事者・耳鼻科医、デフリンピアン【吉田翔】の場合

 ‐前編‐

プロフィール

佐賀県ろう学校幼稚部年中を1年通級、その後普通幼稚園へインテグレーション。
小中高は普通学校へ進学。検査技師を目指すため2011年に九州大学医学部保健学科へ入学し、卒業。
その後2浪し、2011年佐賀大学医学部へ入学。
2016年に卒業してNHO佐賀病院で研修医を修了し、2018年に長崎大学病院耳鼻咽喉科頭頸部外科に入局。
その後みなとメディカルセンター、佐世保市総合医療センターなどの関連病院を転々と異動し、
現在は佐賀市から長崎まで新幹線通勤で日本赤十字社 長崎原爆病院に通勤。
2017年にデフリンピック男子デフバレーボール日本代表選出。

勤務先

・日本赤十字社 長崎原爆病院 耳鼻咽喉科
・耳鼻咽喉科専門医、補聴器相談医、臨床研修指導医、補聴器適合判定医師研修会・緩和ケア研修会修了
・仕事内容は一般外来、補聴器外来、手術

Interview

前編 難聴と向き合い、医師として歩む

EP.1.偶然の発見から始まった、難聴との歩み

兄の通院で明らかになった難聴

私の難聴が明らかになったのは、3歳のときでした。
当時、新生児聴覚スクリーニング検査はまだ普及しておらず、難聴の発見が遅れるケースが多かった時代です。

きっかけは、兄の耳鼻科通院に付き添った際、主治医が私の聴こえの反応が鈍いことに気づいたことでした。
精密検査の結果、先天性難聴(両耳100dB以上、障害者手帳2級)と診断されました。
両親はすぐに補聴器の装用と言語訓練を始めました。
そのおかげで言葉を獲得し、普通学校に通い、バレーボールに勤しみ、医師になる夢を追い続けました。

36歳の転機。前庭水管拡大症と診断

36歳で我が子が生まれると知ったとき、難聴が遺伝する可能性を考え、遺伝子検査を受けました。
CT検査と合わせ、初めて前庭水管拡大症と確定診断されました。

なぜ遺伝子検査を選んだのか? それは、子供に遺伝していた場合、早期に対策を立てやすいからです。
前庭水管拡大症は成長とともに聴力が低下する可能性があり、定期的な聴力検査のフォローが欠かせません。
また、人工内耳の成績が良好とされているため、適応基準を満たせば手術も検討したいと思いました。

前庭水管拡大症と診断されるのに時間がかかった私ですが、幸いこれまでめまい発作や大きな聴力変動はなく、2022年12月まで安定していました。
それでも、早期診断と継続的なサポートの重要性を痛感しています。
今でも母と仲良くさせていただいており、聴覚障害を持つ私を育てた苦労や工夫、難聴と告知されたときの気持ちなどを詳細に聞いてきました。
少しでも聴覚障害をもつ当事者や保護者の目線を学び、力になりたいと願っております。

EP.2.母の工夫とロウソクの思い出

幼少期の発音訓練

子どもの頃、言葉や発音の習得は簡単ではありませんでした。特に、補聴器では子音の無声音であるサ行やタ行([t]、[s]、[ch])などの聞き取りが困難です。

聞き取れないので、発音の仕方も分かりません。言語聴覚士に丁寧に説明してもらい、なんとか真似していたものも分からないままでした。そんな時、母のユニークな教えが心に残っています。

ロウソクの火を使って、サ行は「ロウソクの火が揺れる・息を吹きかける感じ」、タ行は「火がほとんど揺れない・息を抑える感じ」と教えてくれました。この視覚的な説明で初めて発音の違いが腑に落ち、自信がつきました。
ベラベラと話すとついつい発音が適当になってしまうので、よく母親に発音が違うと注意されていました。母はただ注意するだけでなく、「社会に出て恥をかくのはあなただからね」と、納得感のある言葉で導いてくれました。
このように、お子さんの発音をただ注意するだけではなく、子どもが納得するような答えで説明してくださいね。

写真:吉田先生提供

体験のススメ

絵日記や絵カードを使った1日1時間の発音訓練は、就学前まで続きました。これは家族との絆を深める時間でもあり、話す喜びを知る大きな力となりました。詳細を述べるときりがないのですが、言語獲得前は絵カード使用。絵日記では発音、語彙力、助詞の使い方などを学びました。
幼少期、言葉を育むために両親が心がけてくれたのは「体験」でした。
絵日記のネタ集めと体験を目的に、土日はキャンプ・釣り・動物園・水族館・山・川などありとあらゆる場所に出かけ、体験したことを親子で絵日記を見ながら振り返るのが日課でした。

サリバン先生とヘレンケラーの有名なシーンで直接水を触ることで「water」と新しい発見をしたように、体験は家族との楽しい思い出となり、語彙力アップや発話を促すきっかけになるのです。
保護者の方にも、お子さんと一緒に「見て・感じて・話す」時間を大切にしてほしいと思います。

また、いきなり子どもに声をかけるのではなく、手を振ったりトントンと肩を叩いてあげ、話し手の方にしっかり向かせることが大切です。「聴く」というスイッチが入ってから話かけてあげましょう。
健聴者は耳に神経を使わなくても小耳に挟むことができますが、難聴者はそれができません。耳に神経を使い続けるのはきついため、普段はダンボの耳を小さくし、声掛けがあると耳を大きくして、意識して「聴く」というイメージです。

EP.3.話せる喜び

聞こえ難さをカバーする工夫とは

小学校から普通学校に進学し、発音を獲得して話せるようになったことは大きな幸せでした。
人と話すのが好きで、積極的にコミュニケーションを取ったため、友人との関係が大きくこじれることはありませんでした。しかし、騒音下での多人数の会話は難しく、全員の声を聞き取るのは困難でした。神経をフルに使って聞き取ろうとすると疲れ切ってしまうため、話し手を選別するなどメリハリをつけました。突然遠くから話を振られると回答に困りましたが、「聞いていなかった」「聞こえなかった」などと正直に伝え、内容を教えてもらい答えたり、その場の雰囲気を壊さないように笑ってごまかす時もありました。その後むなしくなりますが、そんなことでいちいち気にしていたら人生もったいないと思い、できるだけ気にしないように開き直っていました。考え方次第ですよね。色々と考え方があるので賛否両論はあります。

ここからは個人的な見解としてみてもらえたら嬉しいのですが、コミュニケーションに自信がなくなると友達の輪に入りづらくなったり、学校生活が楽しくなくなったりすることもあるでしょう。私の場合は両親のおかげで発音や言語をなんとか獲得し、耳が聞こえないという障害はあるかもしれませんが、毎日話せる幸せを感じており、身体が元気で、健全な命を授かっている。健聴者の中でも病気で声が出せない、癌などで余命と闘っている人もいます。こういった人たちと比べて、自分の悩みはちっぽけな悩みなんだと思い、前向きにとらえ、毎日を一生懸命に楽しく過ごすようになりました。

セルフアドボカシーの大切さ

特に思春期では、友達付き合いや会話が複雑化し、困難を感じる場面があるかもしれません。きっと多くの難聴者が似た経験をしていると思います。健聴者と同じように振る舞いたいと思う人もいれば、補聴援助システム(ロジャーなど)で対策する人もいます。
学校側や周囲が補聴支援システムを教えてくれる環境は理想的ですが、普通学校に進んだ難聴者にはその機会が少ないのが現実で、セルフアドボカシーも不足していると思います。まさに私も耳鼻咽喉科医になるまではセルフアドボカシーがほぼありませんでした。

それでも、分からないことをそのままにしない性格だった私は、後ででも聞きに行くことを徹底しました。それが今につながっていると思います。社会に出て、人の命を預かる仕事に就き、責任を負う立場になり、聞き間違いがないか入念に確認し、報・連・相(報告・連絡・相談)を怠らないようにしています。

難聴者にとって、聞き取りにくい場面は様々あります。社会人になって解決策を見つけられず、離職する難聴者もいます。そうならないためにも、早めに対策することをおすすめします。
特に思春期になると、学業、友人関係、部活などで困ったことを両親に話すことが減るかもしれません。そのため、思春期の前までに補聴援助システムや文字起こしツールなどの対策を始めることが大切です。そうしたことで、セルフアドボカシーのスキルも身に付き、自分から提案しやすくなります。
これらの対策は、かかりつけの言語聴覚士やろう学校の教員に相談してください。難しい場合は、ZENPEや私に気軽に問い合わせてみてください。

こぼればなし・・

聴覚障害のある人にとってのセルフアドボカシーとは?!

自分の聞こえの状態や必要な配慮を理解し、それを自分の言葉で周囲に伝え、適切な支援や環境を求める力を指します。具体的に言うと次の3つの力を含みます。

  • ①自己理解 

自分がどの程度聞こえるか、どんな状況で聞き取りにくいかを理解する。
・ロジャーや文字おこしツールなど、どんなサポート機器が役立つかを把握する。

  • ②自己表現 

・必要な場面で「私は聴覚障害があります」と伝える勇気を持つ。
・「ゆっくり話してください」「口元を見せてください」「筆談してもいいですか?」など、必要な配慮を具体的にお願いする

  • ③自己決定 

・他人任せにせず、自分にとって最も快適なコミュニケーション手段や支援方法を都度選ぶ
・周囲に遠慮して我慢するのではなく、自分に必要な選択を自分で決める

               

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